182 研究系及び研究施設の現状
ナノ光計測研究部門
佃 達 哉(助教授)
A -1)専門領域:物理化学、クラスター科学
A -2)研究課題:
a) サブナノ金属クラスターの調製と構造評価 b) 金属クラスター表面上の単分子膜の構造と安定性 c) 質量分析法を用いたナノクラスターの構造評価
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 金属クラスターは,気相と固・液相の中間に位置する物質相として基礎理学をはじめとして様々な応用分野で注目 を集めている。なかでも数個から数十個からなるサブナノメートルスケールの金属クラスターは,バルクとは異な る特異的な性質・機能を示すことが期待されているが,その調製法は未開拓であり,それを確立することは重要な課 題のひとつに挙げられる。我々は,チオール分子が持つ還元能と金属クラスターに対する保護能を利用した簡便な 調製法を開発した。
a1) 塩化パラジウムとアルカンチオールとの反応では,チオラート錯体の他に低収率(~ 20%)ながら,アルカンチオー ルで安定化されたPdクラスターが生成することを見い出した。レーザー脱離イオン化質量分析法を用いて,これら の組成とコアサイズの分布を調べたところ,20量体を中心に60量体程度までが生成していること,構成原子数に対 して6割という高い被覆率でチオールが配位していることが分かった。また,吸収スペクトルから,これらのPdクラ スターが金属的な性質を失い,分子的(絶縁体的)な性質が発現していることを明らかにした。
a2) ジメルカプトこはく酸(DMSA )などのジチオールと金属塩を反応させたところ,金属サブナノクラスターの収率が 飛躍的に向上した。このことは,分子内でジスルフィドを生成する過程が,金属塩の還元を促進することを示唆して いる。また,例えば金イオンとDMSA の反応ではA u13(D MSA )8が効率良く生成したが,これは立方八面体構造のA u13
の 8 つの(111)面にそれぞれ1つの D MS A が配位した構造の特異的な安定性によるものと考えられる。
b) チオールなどの有機単分子膜はただ単に金属クラスターを保護・安定化するだけでなく,電子輸送などの物性や超 格子形成能などの発現に直結した重要な構造因子である。本研究では,一連のアルカンチオールCnH2n+1SH (n = 10,
12, 14, 16, 18) によって保護されたパラジウムクラスター(直径~ 3 nm)を調製し,その単分子膜の構造と安定性を
ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC ),透過型電子顕微鏡(T E M ),フーリエ変換赤外分光( F T -IR )を用いて系統的に 調べた。その結果,n = 16, 18ではアルカン鎖はすべてトランス形の配座を持った結晶性の高い単分子膜を形成して いるのに対して,n = 10, 12, 14 ではゴーシュ形の欠陥を含む液体的な膜構造を形成することがわかった。n ≥ 16 で は強固で均一な膜が形成されることを利用して,GPC によってコアのサイズ評価およびサイズ選別が可能であるこ とを示した。一方,n ≤ 14ではチオール配位子が金属を伴って脱離する過程が観測されたが,このことはこれらのク ラスターではエッチングや配位子交換などのナノ加工が可能であることを示唆している。
c) 質量分析法を用いて以下に挙げる様々なクラスターの構造解析を行った。
c1) 電子衝撃−超音速ジェット法によって(CO2)n–を生成し,そのサイズ分布を求めた。負イオン状態に固有の安定性に
研究系及び研究施設の現状 183 起因する魔法数のほかに,60量体から1000量体に渡って規則的な周期構造が観測された。シェルモデルに基づく解 析の結果,C O2クラスターは立方八面体構造を持ち,観測された周期構造はこのファセットを逐次的に埋めること によるものであると結論した。1 µm程度のサイズのドライアイス結晶が八面体構造を持つことから,CO2クラスター
では切頭(truncation)によって表面エネルギーを抑えていることがわかった。本研究は,永田敬教授(東大院総合)と の共同研究である。
c2) C60,C70を加熱気化し,放射線(アメリシウム)およびコロナ放電によってイオン化し,質量分析を行った。放射線に よるイオン化では,C60,C70の親イオンのみが観測されたが,放電イオン化では酸化物イオンが観測された。フロー アルゴン中の酸素添加量により酸化の程度は制御が可能であり,最大30,35個程度までの酸素原子が付加したヘテ ロフラーレンの生成が始めて確認された。本研究は,田中秀樹博士(理研)との共同研究である。
c3)「ナノテクノロジー総合支援プロジェクト」の一環として,全国の大学の研究者と協力して,液相法で調製した金属 や半導体のクラスターの質量分析を行っている。配位子の種類やコアサイズの領域やその分散度に応じて,イオン 化法(レーザー脱離イオン化法またはエレクトロスプレーイオン化法)や試料の前処理などを試行錯誤によって最 適化しているのが現状であるが,一部のサンプルについては分析に成功しており,これを足掛かりとして汎用性を 高める努力を継続して行っている。
B -1) 学術論文
Y. NEGISHI, H. MURAYAMA and T. TSUKUDA, “Formation of Pdn(SR)m Clusters (n < 60) in the Reactions of PdCl2 and RSH (R = n-C18H37, n-C12H25),” Chem. Phys. Lett. 366, 561–566 (2002).
Y. NEGISHI, T. NAGATA and T. TSUKUDA, “Structural Evolution in (CO2)n Clusters (n < 103) as Studied by Mass Spectrometry,” Chem. Phys. Lett. 364, 127–132 (2002).
T. TSUKUDA, L. ZHU, K. TAKAHASHI, M. SAEKI and T. NAGATA, “Photochemistry of (NO)n– – as Studied by Photofragment Mass Spectrometry,” Int. J. Mass Spectrom. 220, 137–143 (2002).
H. SAKURAI, T. TSUKUDA and T. HIRAO, “Pd/C as a Reusable Catalyst for the Coupling Reaction of Halophenols and
Arylboronic Acids in Aqueous Media,” J. Org. Chem. 67, 2721–2722 (2002).
H. SAKURAI, T. HIRAO, Y. NEGISHI, H. TSUNAKAWA and T. TSUKUDA, “Palladium Clusters Stabilized by Cyclodextrins Catalyse Suzuki-Miyaura Coupling Reactions in Water,” Trans. Mater. Res. Soc. Jpn. 27, 185–188 (2002).
B -3) 総説、著書
根岸雄一、佃 達哉 , 「金属クラスターの液相合成と質量分析」, エアロゾル研究 17, 18–22 (2002).
B -4) 招待講演
佃 達哉 , 「クラスターの科学―原子・分子小集団が織りなす機能―」, 平成 14 年度国研セミナー, 岡崎市 , 2002年 6 月 .
佃 達哉 , 「表面修飾による金属クラスターの安定化と機能化」, 第 23回触媒夏の研修会 , 山梨県南都留郡 , 2002年 8月 . 佃 達哉 , 「クラスターの科学―原子・分子小集団が織りなす機能―」, 平成 14 年度東部高齢者教室 , 安城市 , 2002 年 10 月 .
184 研究系及び研究施設の現状 B -5) 受賞、表彰
佃 達哉 , 第 11回井上研究奨励賞 (1995).
B -6) 学会および社会的活動 学会誌編集委員
「ナノ学会」編集委員 (2002).
C ) 研究活動の課題と展望
チオール単分子膜で保護された金属クラスターを主たるターゲットとして,研究を進める。特に,サブナノ領域のクラスターを 扱う際には精度の高いサイズ選別法を確立することが不可欠であるが,当面は金属ナノ粒子との対比を通して,サブナノ 領域のクラスターの電子的,構造的特徴を浮き彫りにすることを念頭に置く。実際のテーマとしては,E X A F Sなどによる構造 解析,電子分光による電子構造解明,磁性や発光などの機能探索を考えている。また,これらの金属クラスターを機能単位 として生かすための基盤技術を開発するという観点から,光や熱による配位子脱離過程や表面基板への固定化反応につ いての基礎的な実験に着手したい。将来的には,これらの技術を総動員して金属クラスター触媒系を構築し,その機能を調 べてゆきたい。